病んでいる

「私は病んでいる、そう伝えてもらった方が良い」

そう、妻は言った。

 

妻はここずっと不安定で、イヤイヤ期の娘の癇癪に耐えきれず、娘に「⚪︎ね!」と言い放った夜があった。
それは強烈に不快な言葉であり、自分でもそれをきっかけに、しばらく中断していたカウンセリングを再開した。
その結果、自分の幼少期の体験が心の傷として残り、人格形成に影響をした、という原因に至っている。
それを癒していく作業が必要なのだ。

そうした事情を抱えながら、同時に女性特有のものの影響も強い身体である。
気分や感情がそのリズムに影響され、頭の中はごちゃごちゃになる。
そこへ子供の対応や家事のことが入ってくると、もはやパニックに近い状態になるという。

自分のことで精一杯で、子供のことでいっぱいいっぱい。そこに親戚付き合いは無理。

家族旅行を計画していて、私の親以外、兄弟家族も来るかも、という状況が、彼女にとって大きな負担となるのだ。
多人数の状況が苦手で、楽しくないし、どっと疲れる。だから避けたい。
その上、カウンセリングが必要な状況だ。

今回が最後だ、と彼女はいう。

私はとても悲しい。
親戚付き合いが当たり前の環境で育った。
子供ができて、そうした家族イベントは当たり前にできるものだと思っていた。
しかし、そうはならなかった。

 

私の親には、大人数が苦手であること、病んでいるということ、そうしたことを伝えてもらった方が良い、と涙ながらに彼女は言った。

なんで人と生きていくのがこんなに辛いのだろう、とも溢した。

子供に申し訳ない。自分の小さい頃を通して子供を見てしまう。自分と同じようにならないように、子供に接したいのに。そのプレッシャーとしんどさ。
彼女にとって、普通と思うことは、実は普通ではないのだ、ということを知る。