久しぶりにメンタルの深い落ち込みを感じた。吐き気を覚えた。
- 仕事が楽しくなく行き詰まりを感じており次が見えない状況が長らく続いている
- 家庭への対応
- 副業の行き詰まり
- 自己実現がどれもできない無力感に襲われている
- いや、やればできる、というような根拠のない自信が多少あり、でも本気出してやらない、家庭の対応があるからできない、というようなブレーキを踏んだ言い訳のような状況が長く続いている
- 実際に何をどうすれば良いか分からないのだ。
- 小さく分解してできることから行動すれば良いのだろうと頭で考えても、実際に分解することも行動することも叶わない。
- 気力が湧かない。
- こうした悩みを、誰か身近な友人に相談すれば良い、愚痴れば良い。
- 言葉にすれば少しは楽になるのではないか。
- だが、相談できる友人が近くにいない。
- そもそも相談しようとしない。自分のプライドが邪魔して相談できない。
これまで自分はどうしてきたのだろう。
過去に一度自分から動こうとして中断となり、結果異動になった、という体験がある。
今回のこの行き詰まり感は周期的に前回と重なるものはある。
だが今回は自分のパーソナリティの部分にまで目が向いているというか、自己認識をし直している感がある。
- 自分に相談できる友人がいない、という事実にやられている。
- そういう人間関係の作り方をしてきた自分の距離感をいま思い知らされている。
- こうした状況を作ってきたのは他ならぬ自分だ。
- これまである程度自己解決・自己納得してやってきたが、今回はそうもいかなくなってきた。
- 自己開示して人に相談する必要性というのをこれまで以上に感じている。
- もっと言えばカウンセリングの必要も感じている。
ストレスに弱くなったのだろうか?
いや違う。刺激が少なくなり身体を動かすことが少なくなってしまい、負の影響を受けやすくなってしまっているのだと思う。
ただそれは環境要因の話だ。
根本的に、いまの状況を変えたいし、自分をより良くしたいし、心から楽しいと思える日々を過ごしたい。仕事でも家庭でも。気分良く過ごしていたい。
しかしそれが実現できていない。
自分が本当に楽しいと思えるものが何か分からなくなってしまっている。
ライフワークバランスを優先した結果、日々の安定や日常の幸せという充実はありつつも、その日常も日々闘いと疲弊で決して楽なものじゃない。
日々を優先することで、自分と自分の将来というものが見えなくなってしまった。
自分って何が楽しかったんだっけ。
自分が好きなことって何だっけ。
- 疲れてお酒とアニメで休憩しても、何も残らない。
- 頭空っぽにして現実逃避を重ねた結果、年をとっていくだけだ。最近その実感も高まっていて、余計に落ちる。
- なんで落ちるのか?何の進歩も成長もなく、ただ閉じた世界にいるだけ、モラトリアムを過ごしているだけ、そうして外の世界に取り残されていき距離が広がっていく。
- そういうことを感じているし、それで焦る。
- 焦る必要なんてないと思っても、実際このままで良いと思えないし楽しくもない。
- じゃあ変えれば良い、変われば良い、のだが、何やら気力がない。
というループを過ごして思考停止状態だ。
- 外からの変化、ラッキーを待っていたりもしたが、それは一向に起きない。
- そもそもどんな変化やラッキーがあれば自分は納得するのか。
- きっとそれがあっても、また違った不満を持つのだろう。
- であれば、自分で動くしかないのだ。自分が納得できるように。
- じゃあどう動けば良いだろうか?
と、ループになる。
やはり人に相談しないと道が拓けないのだろう。
しかしそうしたところで、本当に自分は納得するのか。
答えを教えてほしい、みたいな心理状態になっている。弱っているから。
でもそれでは乗り越えられない。
これを乗り越えることに意味があると思っている。
時間ばかりかけて回り道というか同じところぐるぐるしているように思えるのだが、人に聞いてさっさと次に行った方が良いのではないか。
じゃあ誰に聞くかい?